アッバース1世 (サファヴィー朝)とは?
あっばーすいっせい
アッバース1世とは、16〜17世紀のサファヴィー朝ペルシアを最盛期に導いたイラン史上屈指の名君です。
アッバース1世(1571〜1629年)は、サファヴィー朝第5代シャーとして1587年から統治し、王朝を最盛期へと押し上げた人物です。即位当初は国内の部族抗争や外敵の侵攻に苦しみましたが、徹底した軍制改革によって状況を一変させました。
最大の改革は軍事面で、従来の部族軍に頼らず、グルジア・アルメニア・チェルケスなどのコーカサス系奴隷兵士(グラーム)を中核とする常備軍を整備しました。火器を装備したこの新式軍隊によってオスマン帝国やウズベク勢力を撃退し、失地を回復しました。
内政でも顕著な業績を残し、首都をカズヴィーンからイスファハーンに遷都して大規模な都市建設を推進しました。イスファハーンの「ナグシェ・ジャハーン広場」はユネスコ世界遺産に登録されており、当時の栄華を今に伝えます。経済面では絹の輸出を国家管理に置き、オスマン帝国を迂回するためヨーロッパ諸国との直接交易ルート開拓も図りました。宗教政策ではシーア派イスラームを国教として強化しつつも、外交上の利益を重視してキリスト教徒商人にも寛容な姿勢を示しました。
アッバース1世の治世はペルシア文化・建築・工芸の黄金期とも称され、絨毯や細密画などサファヴィー朝美術が世界に知られるようになったのもこの時代です。その統治手腕と文化的遺産から「アッバース大王」とも呼ばれます。
使い方・例文
歴史の教科書では、サファヴィー朝の最盛期を語る文脈でアッバース1世の名が必ず登場します。またイスファハーンの世界遺産を紹介する際にも、その建設を命じた君主として言及されます。
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