那須野ヶ原とは?
なすのがはら
那須野ヶ原とは、栃木県北東部に広がる広大な扇状地で、那珂川・箒川などの河川が形成した那須連山麓の平野です。
那須野ヶ原は、栃木県の北東部に位置する広大な扇状地です。那須連山(那須岳)から流れ下る那珂川・箒川・余笹川などの河川が長い年月をかけて堆積した砂礫によって形成されました。
この地域はかつて「関東の不毛地帯」とも呼ばれ、透水性の高い砂礫質の土地で水が乏しく、大規模な農業には適さない荒野でした。明治時代に入ると、政府の殖産興業政策を背景に、矢板武・印南丈作・青木周蔵ら士族や華族が大規模な開拓事業を手掛け、用水路の整備と農地への転換が進みました。なかでも那須疏水は1885年(明治18年)に完成し、農業用水を供給することで那須野ヶ原の開拓を大きく前進させました。
現在の那須野ヶ原は、酪農・畜産が盛んな農業地帯として知られ、那須塩原市・大田原市・矢板市などにまたがります。また那須高原への観光の玄関口としても機能しており、自然環境・温泉・牧場が一体となった観光地帯を形成しています。那須野ヶ原の開拓史は、明治近代化の象徴的な事例として教科書にも登場し、地域の歴史遺産として保存・継承されています。
使い方・例文
「那須野ヶ原は那須連山を源とする扇状地で、明治期の大規模な開拓によって酪農地帯へと変貌した」という形で地理や歴史の文脈で用いられます。
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