足高の制とは?
たしだかのせい
足高の制とは、江戸幕府の8代将軍徳川吉宗が定めた制度で、役職に必要な禄高が本人の禄高に満たない場合にその差額を在職中だけ支給した改革です。
足高の制(たしだかのせい)は、1723年(享保8年)に江戸幕府8代将軍徳川吉宗が享保の改革の一環として定めた人事制度です。それまでの幕府では、高い役職に就くには相応の家禄(禄高)が必要とされていたため、能力があっても低い禄高の家柄の者は高い役職に就けないという問題がありました。
足高の制では、役職ごとに「役高」と呼ばれる基準の禄高を定め、本人の家禄がそれに満たない場合は在職中に限ってその不足分(足高)を追加支給することにしました。この制度のポイントは次の通りです。
- 役職を離れると足高の支給が止まり、家禄はもとに戻る
- 家柄や禄高にかかわらず能力ある人材を抜擢できる
- 幕府の財政支出を抑えながら人材登用を実現できる
- 旗本・御家人の中から実力主義的に人材を選ぶ道が開けた
この制度は享保の改革における重要な施策のひとつとして評価されており、幕府の行政の効率化と人材の活性化に貢献しました。大岡忠相(大岡越前守)がその代表的な恩恵を受けた人物として知られています。現代的な観点からは、職能給や役職手当の先駆けともいえる合理的な制度です。
使い方・例文
日本史の教科書や享保の改革を解説するテキストで、幕府の人材登用改革の事例として足高の制が取り上げられます。
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