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能登国とは?

のとのくに

能登国とは、現在石川県北部(能登半島)にあたる令制国で、北陸道に属し、独自の文化と海上交易で栄えた歴史的な地域です。

能登国(のとのくに)は、日本の令制国の一つで、現在石川県北部、能登半島大半を占める地域です。北陸道に属し、加賀国越中国と境を接していました。半島という地形的特性から、古くより日本海の海上交易の要衝として重要な役割を果たしてきました。

古代の能登国は、加賀国・越前国と並ぶ北陸の主要国の一つでした。国府は現在の七尾市付近に置かれたとされており、気多大社(けたたいしゃ)は能登国の一宮として古代から現在まで篤く信仰されています。海産物・塩・絹など豊かな産物を持ち、都への貢租も重要な役割を担いました。

中世には能登畠山氏が支配し、戦国時代には上杉謙信・織田信長らの侵攻を受けながら、七尾城を拠点とした畠山氏の治世が続きました。七尾城は難攻不落の山城として知られています。近世には前田氏(加賀藩)の支配下に入り、金沢を中心とした加賀藩の版図として江戸時代を通じて栄えました。

能登の文化として特徴的なものには、輪島塗(漆器)・珠洲焼(陶器)・キリコ祭りなどがあります。これらは現代でも石川県の伝統工芸・文化として継承されており、能登半島は独自の民俗文化を色濃く残す地域として知られています。令制国としての能登国の記憶は、地名や文化の中に今も息づいています。

使い方・例文

日本史の授業で「上杉謙信が七尾城を攻略して能登国を平定した」と習う場面や、石川県の伝統工芸を紹介する文脈で能登国という地名が登場します。

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