砂山のパラドックスとは?
すなやまのぱらどっくす
「パラドックス」の用語まとめを見る砂山のパラドックスとは、砂粒を一粒ずつ取り除いていくとき「どこまでが砂山か」を明確に定められないという、曖昧な概念の境界問題を示す論理的難問です。
砂山のパラドックス(ソリテスのパラドックス)は、古代ギリシャの哲学者エウブリデスに帰せられる古典的な論理問題です。「ソリテス」とはギリシャ語で「山積み」を意味します。
議論の構造はシンプルです。
- 百万粒の砂からなる砂山がある。
- 砂山から砂を一粒取り除いても、やはり砂山である。
- この操作を繰り返すと、最終的に砂が一粒になっても「砂山」と言えてしまう。
このパラドックスは言語や概念が本質的に持つ「曖昧さ(ヴァグネス)」の問題を浮き彫りにします。「禿げている」「背が高い」「若い」なども同様の連続的な曖昧さを持ちます。哲学では「曖昧性の理論」「程度論理」「多値論理」などの観点から研究が続いており、人工知能のファジー理論や言語学の意味論にも深く関わります。
使い方・例文
「砂山のパラドックス」は法律の境界設定(例:何歳から成人か、何円から高額か)や医学的診断基準(何mmHgから高血圧か)など、明確な線引きが難しい場面で引用されます。
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