征服王朝とは?
せいふくおうちょう
征服王朝とは、異民族が武力によって先住民族の地を征服し、その地に打ち立てた支配王朝のことを指す歴史学上の概念です。
征服王朝(せいふくおうちょう)とは、異民族が軍事的征服によって先住民の統治領域を制圧し、そこに樹立した王朝を指す歴史学上の概念です。アメリカの東洋史学者カール・ウィットフォーゲルが提唱した概念として広く知られており、とくに中国史の文脈で使用されることが多い用語です。
ウィットフォーゲルは、北方・西方の遊牧・半農耕民族が中原(中国の中心地域)を征服して打ち立てた王朝を「征服王朝」と定義しました。代表的な例として以下が挙げられます。
- 遼(りょう):契丹(きったん)族が建国した王朝(10〜12世紀)
- 金(きん):女真(じょしん)族による王朝(12〜13世紀)
- 元(げん):モンゴル族によるユーラシア規模の帝国(13〜14世紀)
- 清(しん):満洲族(女真族の後裔)による最後の中国統一王朝(17〜20世紀)
征服王朝の特徴は、支配民族が独自の文化・制度・言語を保持しながら被支配民族を統治する点にあります。漢化(中国化)の程度は王朝によって異なり、元は独自色を強く保ち、清は漢文化を積極的に取り込みながらも満洲族のアイデンティティを保持しようとしました。
この概念は現在も中国史研究で基礎的な用語として使われていますが、民族と国家の関係をどう捉えるかによって解釈が変わることもあり、研究者の間で議論が続いています。
使い方・例文
「清朝は満洲族が漢民族を征服して建てた征服王朝であり、満漢両文字を公式文書に併用した」のように、歴史の授業や書籍で民族と支配の関係を説明する際に使われます。
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