一向一揆とは?
いっこういっき
一向一揆とは、室町・戦国時代に浄土真宗(一向宗)の門徒が中心となって各地で起こした武装蜂起のことです。
一向一揆(いっこういっき)は、室町時代後期から戦国時代にかけて、浄土真宗(一向宗)の信者(門徒)が中心となって領主や守護大名の支配に抵抗した武装蜂起・反乱の総称です。「一向」とは浄土真宗の通称「一向宗」に由来します。
蜂起の背景には、農民や下層武士の経済的苦境と、浄土真宗の「阿弥陀仏への絶対的な帰依」という信仰による強固な連帯感がありました。門徒たちは「信仰のために命を惜しまない」という意識を共有し、武装して守護大名や地侍と対抗しました。
最も著名な事例は加賀の一向一揆で、1488年に守護の富樫政親を滅ぼして以降、約100年にわたって加賀国(現在の石川県南部)を門徒が実質的に支配しました(「百姓の持ちたる国」と称される)。他にも越前・摂津・三河などで大規模な一揆が勃発し、各地の大名を悩ませました。
織田信長は一向一揆を最大の脅威の一つと位置づけ、長期の攻囲戦の末に石山本願寺(顕如)を屈服させました。一向一揆は戦国時代の権力構造に大きな影響を与えた民衆運動として、日本史上に重要な位置を占めます。
使い方・例文
「戦国時代の授業で、織田信長と石山本願寺の対立を学ぶ際に一向一揆が必ず登場する」というように、歴史学習の場面でよく使われます。
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