ヴワディスワフ2世ヤギェウォとは?
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ヴワディスワフ2世ヤギェウォとは、14〜15世紀のポーランド王でありリトアニア大公でもあった人物で、ヤギェウォ朝の創始者として知られます。
ヴワディスワフ2世ヤギェウォ(Władysław II Jagiełło、約1351〜1434年)は、中世ヨーロッパを代表する君主のひとりです。もともとリトアニア大公ヨガイラとして生まれ、1386年にポーランド女王ヤドヴィガと結婚することでポーランド王位に就き、ヴワディスワフ2世として即位しました。
この結婚はポーランドとリトアニアの同君連合を成立させ、ヤギェウォ朝という長く続く王朝の基盤を築きました。彼の治世で最も重要な出来事のひとつが、1410年のグルンヴァルトの戦い(タンネンベルクの戦い)です。この戦いでポーランド=リトアニア連合軍はドイツ騎士団を決定的に打ち破り、東中欧における勢力均衡を大きく変えました。
ヴワディスワフ2世の治世の特徴は以下のとおりです。
- ポーランド・リトアニア同君連合の形成
- ヨーロッパ最後の異教国リトアニアのキリスト教化を推進
- ドイツ騎士団との長年の抗争と勝利
- クラクフ大学(現ヤギェウォ大学)の復興・支援
彼の治世はポーランドの黄金時代の礎を築いたとされ、東欧史において高い評価を受けています。
使い方・例文
中世ヨーロッパ史やポーランド・リトアニアの歴史を学ぶ際に、ヴワディスワフ2世ヤギェウォはグルンヴァルトの戦いと結びついてよく登場します。
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