ヴィクトル・ユシチェンコとは?
ゔぃくとるゆしちぇんこ
ヴィクトル・ユシチェンコとは、毒殺未遂事件を経てウクライナ大統領に就任し、オレンジ革命を主導したウクライナの政治家です。
ヴィクトル・ユシチェンコ(1954年〜)は、ウクライナの経済学者・政治家であり、2004〜2010年にウクライナ大統領を務めました。
ユシチェンコはウクライナ国立銀行総裁・首相を歴任した後、親欧米路線の政治家として台頭しました。2004年の大統領選挙では、親ロシア派のヤヌコビッチ首相と激しく争いましたが、選挙期間中の2004年9月に毒物(ダイオキシン)による毒殺未遂事件が発生します。ユシチェンコの顔には重篤な皮膚障害が残り、その変わり果てた容貌は世界に衝撃を与えました。
毒殺未遂の背景については諸説ありますが、ユシチェンコ自身はロシアや政治的敵対者の関与を示唆しました。同年11〜12月にかけて、選挙の不正を訴える大規模な市民デモ「オレンジ革命」が起き、やり直し選挙でユシチェンコが勝利し大統領に就任しました。
大統領在任中は欧州連合(EU)・NATO加盟を目指した親西洋路線を推進しましたが、国内の政治対立・経済不振・与党連合の崩壊などに苦しみ、2010年の大統領選挙では大差で敗れました。ユシチェンコの政治的軌跡は、ウクライナの東西分裂と地政学的緊張を象徴するものとして現代史に記録されています。
使い方・例文
ウクライナ政治史やオレンジ革命を解説する文脈でユシチェンコの名が登場するほか、政治家への毒殺未遂という事件の例として国際政治の授業でも言及されます。
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