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ラール・バハードル・シャーストリーとは?

らーるばはーどるしゃーすとりー

ラール・バハードル・シャーストリーは、ネルー死後の1964年から1966年にかけてインド首相を務め、印パ戦争の停戦交渉中にタシケントで急逝した政治家です。

ラール・バハードル・シャーストリー(Lal Bahadur Shastri、1904〜1966年)は、インド政治家であり、ジュワハルラール・ネルーの死去後、1964年に第2代インド首相就任しました。その在任期間は約1年半と短いものでしたが、インドの危機的局面を率いたことで歴史に名を刻んでいます。

シャーストリーは独立運動にも参加し、ガンジーの非暴力運動に共鳴した政治家でした。温厚な人柄と清廉な生活ぶりで国民から慕われ、「小さな偉人」とも評されました。首相就任後には食糧不足の問題に対応するため農業政策を重視し、「緑の革命」への下地づくりにも貢献しました。

在任中最大の試練は1965年に勃発した第二次印パ戦争でした。カシミール地方の帰属をめぐってパキスタンと武力衝突が起き、インド軍はラホール方面への進攻で軍事的優位に立ちました。ソ連の仲介によりウズベキスタンのタシケントで停戦協定の交渉が行われ、1966年1月10日にタシケント宣言に調印しました。しかしその翌日、シャーストリーは心臓発作によりタシケントで急逝しました。

死の状況については謎が残るとする見方もあり、インドでは長年にわたって議論が続いています。「ジャイ・ジャワン、ジャイ・キサン(兵士よ万歳、農民よ万歳)」というスローガンは彼が広めたものとして今も知られています。

使い方・例文

「ラール・バハードル・シャーストリーは印パ停戦を実現した直後にタシケントで急逝し、その死は今もインドで語り継がれている」という場面で登場します。

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