ポツダム会談とは?
ぽつだむかいだん
ポツダム会談は、1945年7月にドイツで開かれた米英ソ首脳会議で、戦後処理と日本への降伏要求(ポツダム宣言)を決定しました。
ポツダム会談は、1945年(昭和20年)7月17日から8月2日にかけて、ドイツのベルリン近郊ポツダムで開かれた連合国首脳会議です。参加したのはアメリカのトルーマン大統領、イギリスのチャーチル首相(途中からアトリー首相)、ソ連のスターリン書記長の3か国首脳でした。
会談の主な議題は戦後ドイツの処理と、まだ継続していた対日戦争の終結方針でした。ドイツに関しては、占領地域の分割管理、非武装化・非ナチ化・民主化の方針、賠償問題などが協議されました。
日本に対しては、7月26日に「ポツダム宣言」が発表されました。これは日本に対し無条件降伏を要求するもので、主な内容は以下の通りです。
- 日本軍の完全武装解除と軍国主義の排除
- 占領統治の実施
- 戦争犯罪人の処罰
- 民主主義の確立と基本的人権の尊重
- 日本の領土の限定(本州・北海道・九州・四国と連合国指定の小島)
会談中の7月16日、アメリカは世界初の核実験に成功しており、トルーマンはその情報をスターリンに伝えましたが、具体的な内容は明かしませんでした。日本はポツダム宣言を当初黙殺しましたが、8月の広島・長崎への原爆投下とソ連参戦を経て、8月15日に受諾を表明しました。
使い方・例文
「ポツダム会談で発せられたポツダム宣言は、日本が受諾することで第二次世界大戦のアジア太平洋戦域における終結をもたらした」という形で、第二次世界大戦史や日本の終戦を語る際に使われます。
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