ヘンリー3世 (イングランド王)とは?
へんりーさんせい
ヘンリー3世は13世紀のイングランド王で、56年に及ぶ長い治世を送りましたが、貴族との対立とシモン・ド・モンフォールの反乱で知られています。
ヘンリー3世(1207年〜1272年)は、プランタジネット朝のイングランド王で、1216年から1272年まで56年間にわたって在位しました。父ジョン王の死後、わずか9歳で即位し、長い摂政期間を経て親政を開始しました。
宗教的に敬虔であり、ウェストミンスター寺院の大規模改築をゴシック様式で進めたことで知られます。これは告白者エドワード王への崇拝と、フランスの壮麗な王室建築への憧れから発したものでした。
政治的には繰り返し貴族との対立を招きました。主な出来事は次の通りです。
- フランス人・イタリア人の廷臣を重用したことへの貴族の反発
- 1258年のオックスフォード条項(貴族が王権を制限するための協定)
- 義弟シモン・ド・モンフォールによる反乱(第二次男爵戦争、1264〜65年)
- ルイ王(フランス)の仲裁による和解後、息子エドワードが巻き返して復権
シモン・ド・モンフォールが1265年に開いた議会は、聖職者・貴族だけでなく各地の騎士・市民代表も招いたもので、後のイギリス議会の原型の一つとして評価されます。ヘンリー3世の治世は、王権と貴族・議会の関係が模索された時代として中世イギリス史の重要な章を占めます。
使い方・例文
中世イギリス議会史や英国立憲政治の起源を学ぶ授業・書籍で、マグナ・カルタやシモン・ド・モンフォールとの関連でヘンリー3世の名がよく登場します。
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