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ヘンリー1世 (イングランド王)とは?

へんりーいっせい

ヘンリー1世は12世紀のイングランド王で、行政制度の整備と法の支配の確立によって「ライオンの正義」と称されたノルマン朝の君主です。

ヘンリー1世(Henry I、1068年頃〜1135年)は、イングランドノルマン朝第3代国王(在位1100〜1135年)です。ウィリアム征服王の四男として生まれ、兄ウィリアム2世の急死を受けて即位しました。

ヘンリー1世の治世は、王権の強化と行政機構の整備によって特徴づけられます。財務府(エクスチェカー)の前身となる王室財務組織を整え、各地の王領を巡察する役人(シェリフ)の制度を体系化することで、中央集権的な行政の基礎を作りました。法的な秩序を重んじたことから、「ライオンの正義(Beauclerc)」という異名を持ちます。

また即位直後の1100年に発布した「自由の特許状」(コロネーション・チャーター)は、封建貴族の権利を一定程度保障するもので、後のマグナ・カルタ(1215年)の先駆けとして評価されています。

一方で兄ロベール2世との権力闘争では、1106年のタンシュブレの戦いで勝利し、ノルマンディーも支配下に収めました。しかし晩年の後継者問題が深刻で、唯一の嫡男を海難事故で失ったことが、のちの「無政府時代(アナーキー)」と呼ばれる内乱の遠因となりました。

使い方・例文

イギリス史の講義やマグナ・カルタの成立背景を解説する文脈で、「ヘンリー1世のコロネーション・チャーターは王権制限の先駆けとして重要だ」と言及されます。

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