ヘンドリク・フェルウールトとは?
へんどりくふぇるうぇーると
ヘンドリク・フェルウールトは、南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離)政策を制度として確立した首相で、「アパルトヘイトの設計者」と呼ばれる人物です。
ヘンドリク・フェルウールト(Hendrik Verwoerd、1901〜1966年)は、南アフリカの政治家・社会学者で、国民党政権下において首相(1958〜1966年)を務めました。アパルトヘイト体制の理論的・制度的基盤を築いたことで、歴史に深く刻まれている人物です。
オランダ生まれで南アフリカに移住し、ステレンボッシュ大学で心理学・社会学を学んだ後に教授となりました。1950年代に先住民族問題担当大臣として、人種別居住区への強制移住や通行証制度など、アパルトヘイトの主要法律を次々と立法化しました。
首相就任後は「別個発展(Separate Development)」という概念を提唱し、各人種グループが独自の「ホームランド(バンツースタン)」で自治を行うという名目のもと、黒人住民の政治的権利を組織的に剥奪する政策を推進しました。1960年のシャープビル虐殺事件やANCの非合法化もフェルウールト政権下で起きています。
1966年、議会内で刺客に刺殺されました。死後も支持者からは「偉大なアフリカーナーの指導者」として称えられる一方、国際社会や人権団体からはアパルトヘイトの主犯格として厳しく批判されています。
使い方・例文
「フェルウールトの政策が、後に国際社会から制裁を受けるアパルトヘイト体制の根幹を作った」というように、南アフリカの近現代史や人権問題を論じる文脈で登場します。
この用語をシェア
最終更新: