フレデリク・デクラークとは?
ふれでりくでくらーく
フレデリク・ウィレム・デクラークは、南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離政策)を廃止しネルソン・マンデラとともに民主化を実現した元大統領です。
フレデリク・ウィレム・デクラーク(Frederik Willem de Klerk、1936〜2021年)は、南アフリカの政治家で、国民党(NP)所属の第7代大統領(在任1989〜1994年)です。ヨハネスブルク生まれで、ポチェフストルーム大学で法律を学んだ後、政界に入り1972年に下院議員に選出されました。
デクラークはアパルトヘイト体制を支持する国民党の政治家として長くキャリアを積んでいましたが、大統領就任後に劇的な方針転換を行いました。1990年2月の議会演説でネルソン・マンデラの無条件釈放とアフリカ民族会議(ANC)の合法化を宣言し、アパルトヘイト廃止に向けた交渉を開始しました。
その後の政治的プロセスには以下が含まれます。
- アパルトヘイト関連法の廃止(1991年)
- ANCとの多党交渉会議(CODESA)の開催
- 1992年の白人限定国民投票での改革継続承認
- 1994年の初の全人種参加選挙の実施
1994年の選挙でANCが勝利し、ネルソン・マンデラが大統領に就任。デクラークは副大統領として連立政権に参加しました。同年、マンデラとともにノーベル平和賞を受賞しました。
2021年に死去しましたが、長年アパルトヘイトを支持していた人物が体制を終わらせた「転換」として、その歴史的評価は今なお複雑な議論を呼んでいます。
使い方・例文
南アフリカのアパルトヘイト廃止とマンデラ大統領の誕生を解説する際、デクラークの名前は欠かせません。ノーベル平和賞の歴史や「和解と民主化」のケーススタディでも必ず登場します。
この用語をシェア
最終更新: