本文へスキップ

フランシスコ・ピサロとは?

ふらんしすこ・ぴさろ

フランシスコ・ピサロは16世紀のスペイン人征服者で、インカ帝国(現在のペルー)を征服し、南米におけるスペイン植民地支配の基礎を作った人物です。

フランシスコ・ピサロ(Francisco Pizarro、約1471〜1541年)は、スペイン・エストレマドゥーラ地方出身のコンキスタドール(征服者)です。1532年から1533年にかけ少数の部隊でインカ帝国を征服し、現在のペルーを中心とする地域にスペインの支配を確立しました。

ピサロはパナマを拠点に南米探索を試み、数度の準備遠征を経て1532年にペルーに上陸しました。インカ帝国はその直前に後継者争いで内乱が起きており、ピサロはこの内紛を巧みに利用しました。カハマルカの会談でインカ皇帝アタワルパを謀略によって捕縛し、多大な身代金(黄金と白銀の部屋一杯分)を受け取った後にアタワルパを処刑。その後インカ帝国の首都クスコを制圧しました。

征服の過程と結果には以下の側面があります。

  • 膨大な金銀がスペインへ送られ、16世紀ヨーロッパの経済に影響を与えた
  • リマ(現ペルーの首都)を建設し、南米植民地行政の中心とした
  • 先住民への強制労働制度(エンコミエンダ)が敷かれ、人口が激減した
  • 仲間の征服者との権力争いにより、晩年は内紛の末に暗殺された

ピサロの征服はコルテスのアステカ征服と並び、スペインの「新大陸」支配を決定づける歴史的事件として位置づけられます。現代においては、その帝国主義的・暴力的な側面も批判的に検証されています。

使い方・例文

世界史でインカ帝国の滅亡を学ぶ際、フランシスコ・ピサロの名前は必ず登場します。「少数の兵力で巨大帝国を征服した」事例として歴史の授業や教科書で広く紹介されています。

この用語をシェア

𝕏 でポスト LINE

最終更新:

関連用語