ピサロとは?
ぴさろ
フランシスコ・ピサロはインカ帝国を征服したスペインのコンキスタドールで、南米アンデス地域をスペインの植民地とした人物です。
フランシスコ・ピサロ(Francisco Pizarro、1478年頃〜1541年)は、スペイン・エストレマドゥーラ州トルヒージョ出身のコンキスタドール(征服者)です。16世紀に南米に存在したインカ帝国を征服し、現在のペルーを中心とする地域をスペイン帝国に組み込みました。
ピサロはパナマを拠点に南米沿岸の探索を重ね、インカ帝国の富についての情報を集めました。1532年、約180名の兵士と馬を率いてペルーに上陸し、内紛で分裂していたインカ帝国に乗じて進軍を続けました。同年11月、カハマルカでインカ皇帝アタワルパと会見する際に奇襲を仕掛け、わずかな兵力で皇帝を捕虜にしました。
この征服を可能にした主な要因は以下です。
- インカ帝国内部の継承争いによる内紛
- スペイン人が持ち込んだ天然痘などの疾病による人口激減
- 鉄製の武器・火器・馬という圧倒的な軍事的優位
- アタワルパ捕虜を利用した政治的圧力
アタワルパは莫大な身代金(金・銀)を支払ったにもかかわらず処刑され、1533年にはインカの首都クスコが陥落しました。ピサロ自身は後にスペイン人同士の権力闘争の末に暗殺されますが、その征服がスペインによる南米支配の基盤となったことに変わりはありません。
使い方・例文
「ピサロはカハマルカでインカ皇帝アタワルパを捕縛し、インカ帝国征服の突破口を開いた」のように、スペインの南米植民地化の歴史を学ぶ場面で使われます。
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