バラクラヴァのカーディガン卿とは?
じぇーむずぶるーでねるかーでぃがん
バラクラヴァのカーディガン卿とは、クリミア戦争の「軽騎兵旅団の突撃」を命令・指揮し、その無謀な突撃で歴史に名を残したイギリスの騎兵指揮官です。
バラクラヴァのカーディガン卿ことジェームズ・ブルデネル(第7代カーディガン伯爵、1797〜1868年)は、イギリス陸軍の軍人で、クリミア戦争(1853〜1856年)中に起きた「軽騎兵旅団の突撃(Charge of the Light Brigade)」で歴史に刻まれた人物です。
1854年10月25日のバラクラヴァの戦いにおいて、誤解に基づく命令が伝達された結果、カーディガン卿は約670名の軽騎兵を砲兵陣地が集中するロシア軍の正面へと突撃させました。旅団は三方向から砲火を浴び、死傷者が続出する壊滅的な損害を受けながらも目標地点に到達しましたが、支援なく撤退を余儀なくされました。
この突撃に関する主なポイントは以下のとおりです。
- 命令の混乱:ラグラン卿からの命令が不明確で、伝令のノーラン大尉が誤った方向を指示したとされる
- 損害の規模:600名超が参加し、半数近くが死傷するという甚大な損失
- 詩による不朽の名声:テニスンの詩「軽騎兵旅団の突撃」が発表され、英国内で英雄的悲劇として語り継がれた
- カーディガンの評価:無謀な指揮との批判がある一方、命令に従った忠実な服従として称賛する見方もある
「バラクラヴァ」の名はカーディガン卿の爵位とともに歴史に残り、今日では「勇猛だが無謀な軍事行動」の代名詞としても使われます。なお、防寒用のニットウェア「カーディガン」の名もこの人物に由来するとされています。
使い方・例文
「カーディガン卿が指揮した軽騎兵旅団の突撃は、命令の混乱が招いた無謀な突撃として近代軍事史の教訓とされている」というように、クリミア戦争史や軍事指揮の失敗例を論じる際に引用されます。
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