ハインリヒ・ブリューニングとは?
はいんりひぶりゅーにんぐ
ハインリヒ・ブリューニングは、ワイマール共和国末期のドイツ首相で、世界恐慌下に厳しい緊縮財政を推進したことで知られる保守政治家です。
ハインリヒ・ブリューニング(Heinrich Brüning、1885〜1970年)は、ドイツのカトリック系政党・中央党(Zentrum)の政治家で、1930年から1932年にかけてワイマール共和国の首相を務めました。
世界恐慌が深刻化する中でブリューニングは首相に就任し、急増する財政赤字に対処するため、増税・社会給付削減・公務員給与カットといった徹底的な緊縮政策を断行しました。議会での多数派を欠いたため、ヒンデンブルク大統領の緊急命令権(ワイマール憲法第48条)を多用して政令統治を行ったことが、民主主義の空洞化を招いた一因とも指摘されています。
ブリューニングの政策と時代的意義を整理すると次のようになります。
- 緊縮財政によって失業者数が600万人を超えるほど景気悪化が加速したとの批判がある
- 第一次世界大戦後の賠償金問題の解決を外交的に追求し、1932年に賠償金支払いの事実上の終結を実現
- ナチ党の台頭を阻止できなかったことで歴史的批判を受ける
- 1932年に解任され、ナチス政権成立後はアメリカへ亡命
ブリューニングの政権期間は、ドイツがワイマール民主主義からナチス独裁へ転落する過程の重要な転換点として歴史学者の間で今も議論が続いています。晩年はハーバード大学で教鞭をとり、回顧録を残しました。
使い方・例文
ワイマール共和国の崩壊過程やナチス台頭の背景を説明する際に、「緊急命令政治」や「緊縮財政の失敗」の文脈で取り上げられます。
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