テオドール・ヘルツルとは?
ておどーるへるつる
テオドール・ヘルツルとは、19世紀末に活躍したユダヤ人ジャーナリスト・思想家で、ユダヤ人国家の建設を訴えた近代シオニズム運動の創始者です。
テオドール・ヘルツル(1860〜1904年)は、オーストリア=ハンガリー帝国出身のユダヤ人ジャーナリスト・作家・政治活動家です。ブダペストで生まれ、ウィーンで法律を学んだ後、著名な新聞記者として活躍しました。
ヘルツルがシオニズムに転向した契機は、1894〜1895年のドレフュス事件です。フランス陸軍のユダヤ系将校アルフレッド・ドレフュスがスパイ容疑で不当に裁かれ、反ユダヤ的な群衆が「ユダヤ人に死を!」と叫ぶ場面を目撃したヘルツルは、欧州のユダヤ人が真に安全に暮らせる場所はないと確信しました。
1896年に著書『ユダヤ人国家』を発表し、独立したユダヤ人の国家建設を訴えました。翌1897年にはスイスのバーゼルで第1回シオニスト会議を開催し、世界シオニスト機構を設立して初代議長に就任しました。オスマン帝国やドイツ皇帝との外交交渉にも乗り出しましたが、具体的な地を確保する前に44歳で急逝しました。
ヘルツルの死後半世紀を経た1948年、イスラエル国家が建国されました。「ユダヤ人国家の父」として現在もイスラエルで崇敬されており、その肖像は紙幣にも使用されていました。
使い方・例文
「ヘルツルが1897年にバーゼルで開いた第1回シオニスト会議は、近代ユダヤ人国家建設運動の正式な出発点とされている」という形で言及されます。
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