チコ・ブラーエとは?
ちこぶらーえ
チコ・ブラーエはデンマークの天文学者で、望遠鏡発明以前の時代に精密な天体観測データを蓄積し、近代天文学の礎を築いた人物です。
チコ・ブラーエ(Tycho Brahe)は、1546年にデンマーク(現スウェーデン)に生まれた天文学者です。コペルニクスの地動説とプトレマイオスの天動説が対立していた16世紀に、長年にわたる精緻な天体観測によって天文学に革命をもたらしました。
デンマーク王フレデリク2世の援助を受け、ヴェン島に天文台「ウラニボルグ」を建設し、1576年から20年以上にわたって肉眼による天体観測を行いました。望遠鏡がまだ発明されていない時代に、特製の観測装置を用いて当時最高精度の天体位置データを蓄積しました。
ブラーエの主な業績には次のものがあります。
- 1572年の新星(超新星)観測によって「天球は不変」というアリストテレス的宇宙観を否定
- 1577年の彗星観測で、彗星が大気圏外の現象であることを示した
- 惑星・恒星の位置の精密な測定データの蓄積
- 地動説でも天動説でもない独自の「チコ体系」の提唱
晩年にプラハでヨハネス・ケプラーを助手として迎え、そのデータをケプラーに引き継ぎました。ケプラーはブラーエのデータを基に「ケプラーの法則」を導き出し、後のニュートン力学へとつながる近代天文学の流れが生まれました。1601年にプラハで没しましたが、ブラーエの観測記録は天文学史上きわめて重要な遺産です。
使い方・例文
「チコ・ブラーエが残した精密な惑星観測データがなければ、ケプラーの惑星運動の法則も生まれなかった」というように、科学史における「偉大なデータ提供者」として語られます。
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