セリム2世とは?
せりむにせい
セリム2世は、16世紀のオスマン帝国スルタンで、壮大な版図を維持しながらも「飲んだくれ」の異名を持ち、帝国の転換点に立った君主です。
セリム2世(1524〜1574年)は、オスマン帝国第11代スルタンで、1566年から1574年まで在位しました。偉大な父スレイマン1世(大帝)の後を継いだ君主として、帝国の最盛期からやや後退する時代を体現しています。
セリム2世の時代には宰相(大宰相)ソコルル・メフメト・パシャが実権を握り、実質的な政務の多くを担いました。セリム自身は飲酒を好んだことから「酔いどれセリム(Sarı Selim)」とも呼ばれますが、治世中にオスマン帝国は依然として広大な版図を維持し、キプロスをヴェネツィアから奪取(1570〜71年)するなど領土拡張を続けました。
しかし1571年のレパントの海戦においてはスペイン・ヴェネツィア・ローマ教皇の神聖同盟連合艦隊に大敗し、オスマン海軍が壊滅的打撃を受けました。これはオスマン帝国が地中海で初めて喫した大規模な海軍の敗北として歴史上有名です。もっともオスマン帝国は翌年には艦隊を再建し、地中海における勢力を一定程度回復しました。
セリム2世の治世はスルタンが政務から距離を置き、宰相官僚機構が実権を担う「ハーレム政治」の萌芽ともされ、後のオスマン帝国の政治的変容を予告する時代として歴史家に注目されています。
使い方・例文
オスマン帝国史やレパントの海戦を扱った歴史書や授業では、セリム2世の時代が重要な転換点として取り上げられます。
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