シモン・ド・モンフォールとは?
しもんどもんふぉーる
シモン・ド・モンフォールとは、13世紀のイングランドで活躍した貴族で、国王への反乱を率いて「議会」の原型を召集したことから、イギリス議会制度の先駆者とされる人物です。
シモン・ド・モンフォール(1208年頃〜1265年)は、フランス出身の貴族でイングランド王ヘンリー3世の義弟にあたります。レスター伯爵の地位を得てイングランドに定着し、やがて国王の専制的な政治に反発する貴族層のリーダーとして頭角を現しました。
1258年、貴族たちが国王に突きつけた「オックスフォード条項」はヘンリー3世の権限を制限しようとするものでしたが、王は後にこれを無効と宣言しました。この対立が内戦(第二次バロン戦争)に発展し、1264年のルイスの戦いでシモンはヘンリー3世を捕虜にして事実上の支配者となりました。
1265年、シモンは国王に加えて聖職者・貴族だけでなく各州および各都市の代表者(騎士と市民)も召集した議会を開きました。この会議は従来の貴族・聖職者だけの集会とは異なり、広範な身分の代表を含む点で画期的であり、後のイギリス議会(パーラメント)の原型とされています。
しかし同年、ヘンリー3世の子エドワード王子が反撃し、イーヴシャムの戦いでシモンは戦死しました。彼の試みは短命に終わりましたが、議会制民主主義の発展において重要な一歩として歴史的に高く評価されています。イギリスの国会議事堂にはシモンの像が飾られています。
使い方・例文
「シモン・ド・モンフォールが1265年に召集した議会は、イギリス議会の起源の一つとされている」という形で、民主主義の歴史や議会制度の発展を語る文脈でよく引用されます。
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