コンゴ危機とは?
こんごきき
コンゴ危機とは、1960年にコンゴが独立した直後から数年間にわたって続いた、内戦・分離独立運動・国際介入が絡み合った政治的混乱のことです。
コンゴ危機は、1960年6月にベルギー領コンゴがコンゴ共和国として独立したのち、同年から1965年頃まで続いた複合的な政治・軍事危機です。
独立からわずか数日後にコンゴ軍の反乱が起き、その混乱に乗じてカタンガ州が分離独立を宣言しました。ベルギーが軍事介入し、旧宗主国の影響力を排除しようとした初代首相パトリス・ルムンバは、国連への支援要請とソ連への接近を試みました。これが冷戦の文脈と絡み合い、米ソ両陣営が裏側で介入する複雑な国際問題へと発展しました。
1961年にルムンバが暗殺されると情勢はさらに悪化し、複数の勢力が並立する混乱状態が続きました。国連はこの危機に際して大規模な平和維持活動(ONUC)を展開し、のべ数万人の要員を派遣しましたが、国連事務総長ダグ・ハマーショルドも視察中の飛行機事故で命を落としました。
最終的には1965年にモブツ・セセ・セコが軍事クーデターで権力を掌握し、危機は収束しましたが、その後数十年にわたる独裁体制の端緒ともなりました。コンゴ危機は、脱植民地化・冷戦・国連の役割という三つの問題が交差した20世紀アフリカ史の重大事件として位置づけられています。
使い方・例文
コンゴ危機は、国際政治や現代アフリカ史の授業で「脱植民地化と冷戦が交差した事例」として取り上げられます。
この用語をシェア
最終更新: