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コソボ紛争とは?

こそぼふんそう

コソボ紛争とは、1990年代にユーゴスラビア連邦のコソボ州で起きた、アルバニア系住民とセルビア当局との間の独立をめぐる武力衝突のことです。

コソボ紛争(Kosovo War)は、主に1998年から1999年にかけて、当時のユーゴスラビア連邦共和国(セルビア共和国)内のコソボ自治州で展開された武装紛争です。コソボ州はアルバニア系住民が人口の約9割を占めていたにもかかわらず、セルビア政府は1989年にコソボの自治権を剥奪しており、民族的・政治的緊張が高まっていました。

コソボ解放軍(KLA)がセルビア治安部隊への武装抵抗を本格化させると、セルビア側は大規模な軍事・警察行動で応じ、アルバニア系住民への大量虐殺・強制退去が国際社会の非難を集めました。1999年3月、北大西洋条約機構(NATO)は国連安保理の決議なしにセルビア・ユーゴスラビアへの空爆を開始し、約78日間の爆撃の末にセルビア軍はコソボから撤退しました。

紛争の結果、コソボは国連暫定行政ミッション(UNMIK)の管理下に置かれ、2008年2月にコソボ共和国として一方的な独立を宣言しました。この独立はアメリカ・EU諸国の多くが承認した一方、セルビアやロシア・中国は現在も承認していません。

コソボ紛争は、国家主権と人道的介入の正当性、NATOの役割拡大など、現代国際法・安全保障上の重要な先例として繰り返し議論されます。

使い方・例文

国際政治や現代史の授業では、1990年代のユーゴスラビア解体プロセスや人道的介入の事例としてコソボ紛争が頻繁に取り上げられます。国連の限界とNATOの役割を論じる文脈でも必出です。

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