本文へスキップ

ガマル・アブドゥル=ナーセルとは?

がまるあぶどぅるなーせる

ガマル・アブドゥル=ナーセルは、エジプトの政治家・軍人で、1956年のスエズ運河国有化を断行し、アラブ世界の民族主義運動「アラブ民族主義」を率いた20世紀中盤の指導者です。

ガマル・アブドゥル=ナーセル(Gamal Abdel Nasser, 1918〜1970)は、エジプトの軍人・政治家で、1952年の革命を主導して王政を廃止し、近代エジプトの形成に決定的な役割を果たした人物です。

アレクサンドリア近郊に生まれたナーセルは、エジプト陸軍士官学校を経て軍人となりました。1948年の第一次中東戦争に参加した経験がアラブ諸国の政治状況への批判的認識を深め、1952年に「自由将校団」を率いてファールーク国王を退位させるクーデターを敢行しました。1954年以降は実質的な最高指導者として権力を握り、1956年には大統領に就任しました。

同年、ナーセルはスエズ運河の国有化を宣言しました。これはイギリスとフランスの経済的利権に対する挑戦であり、両国とイスラエルによる軍事侵攻(スエズ危機)を招きましたが、アメリカとソ連の圧力で侵攻軍が撤退。この「勝利」はナーセルのアラブ世界での威信を大きく高めました。

「アラブ民族主義(ナセリズム)」の象徴として、エジプトとシリアによるアラブ連合共和国(1958〜1961年)の結成を主導しました。国内では社会主義的政策を推進し、農地改革や産業国有化を実施しましたが、1967年の第三次中東戦争(六日間戦争)での敗北は大きな打撃となりました。1970年に心臓発作で死去し、アラブ世界中に深い悲しみをもたらしました。

使い方・例文

「ナーセルのスエズ運河国有化は、植民地主義からの独立を求めるアラブ世界の民族主義運動の転換点とされている」という形で中東現代史の文脈で頻繁に登場します。

この用語をシェア

𝕏 でポスト LINE

最終更新:

関連用語