カール・マルテルとは?
かーるまるてる
カール・マルテルは8世紀フランク王国の宮宰(実質的支配者)で、732年のトゥール・ポワティエ間の戦いでイスラム軍を撃退し、ヨーロッパのキリスト教世界を守ったことで知られます。
カール・マルテル(688年頃〜741年)は、フランク王国の宮宰(マヨルドムス)です。「マルテル」はラテン語で「ハンマー」を意味し、その強力な指導力と軍事的勝利から与えられた異名です。カロリング朝の創始者カール大帝(シャルルマーニュ)の祖父にあたります。
当時のフランク王国では、メロヴィング朝の王権が形骸化し、宮宰と呼ばれる宮廷長官が実質的な政務を握っていました。カール・マルテルはこの宮宰として、分裂していたフランク貴族を統合し、王国の安定化に尽力しました。
歴史上最も有名な業績は、732年(または733年)の「トゥール・ポワティエ間の戦い」での勝利です。イベリア半島を征服したイスラム勢力(ウマイヤ朝)がピレネー山脈を越えてガリア(現フランス)に侵入したのに対し、カール・マルテルはフランク軍を率いてこれを撃退しました。この戦いはイスラムのヨーロッパへの北進を食い止めた歴史的転換点として、ヨーロッパのキリスト教文明防衛の象徴とされています。
また、重装騎兵を主力とする軍制を整備し、後の封建制度の発展に貢献したとも評されています。彼の死後、息子のピピン3世がフランク王国の王位を継承し、カロリング朝を開きます。
使い方・例文
世界史の「イスラム勢力の拡大」や「フランク王国・カロリング朝」を扱う授業で、ヨーロッパ防衛の英雄として登場する人物です。
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