カストリオティ (スカンデルベグ)とは?
かすとりおてぃすかんでるべぐ
スカンデルベグとは、15世紀にオスマン帝国の侵攻からアルバニアを守り続けたアルバニアの民族的英雄・軍事指導者です。
ゲルジ・カストリオティ(アルバニア語:Gjergj Kastrioti)、通称スカンデルベグ(Skanderbeg)は、1405年頃にアルバニアの貴族の家に生まれました。「スカンデルベグ」という名はオスマン語の「イスカンデル(アレクサンダー)」と「ベイ(領主)」を合わせた称号で、オスマン宮廷での幼少期の人質生活に由来します。
カストリオティはオスマン帝国の宮廷で教育を受け、スルタンの軍に将軍として仕えましたが、1443年にアルバニアへ帰還しキリスト教に再改宗して、オスマン帝国に対する抵抗運動の旗手となりました。その後約25年間、彼はアルバニア諸侯を統合した「アルバニア同盟」を組織し、オスマン軍の大規模な遠征を繰り返し撃退しました。
- 1444年のアルバニア同盟(レジェ同盟)の結成
- オスマン帝国との約20回以上の戦闘でほぼ不敗を誇る
- ローマ教皇・ヴェネツィア・那ポリ王国などキリスト教諸国との連携
- 山岳地形を巧みに利用したゲリラ的な戦術の駆使
スカンデルベグは1468年に病死しましたが、彼の死後まもなくアルバニアはオスマン帝国の支配下に入りました。それでも彼の抵抗は後世のアルバニア人の民族意識の核となり、現代のアルバニアおよびコソボでは最大の民族的英雄として国旗にもその双頭の鷲のシンボルが用いられています。ヨーロッパのキリスト教世界全体においても「トルコ(オスマン)の防壁」として讃えられた人物です。
使い方・例文
「スカンデルベグはオスマン帝国の侵攻に対してアルバニアの諸侯を束ね、25年近くにわたって独立を守り抜いたことから、バルカン半島の歴史や東西対立の文脈で頻繁に引用されます」というような場面で登場します。
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