エカチェリーナ1世とは?
えかちぇりーないっせい
エカチェリーナ1世とは、農民出身から皇帝ピョートル1世(大帝)の皇后となり、その死後にロシア帝国初の女性皇帝として即位した人物です。
エカチェリーナ1世(1684頃〜1727年)は、ロシア帝国第二代皇帝(在位1725〜1727年)で、ロシア史上初の女性君主です。出生名はマルタ・スカウロンスカヤとされ、現在のラトビア・エストニアあたりの出身の農民・使用人階層の生まれとされています。
大北方戦争(スウェーデンとの戦い)の中でロシア軍に捕らえられ、やがてピョートル大帝の目にとまり寵愛を受けました。正教に改宗しエカチェリーナの名を受け、1712年にピョートルと正式に結婚しました。ピョートルとの間に複数の子供をもうけましたが、成人まで生き残ったのは娘たちのみでした。
1725年にピョートル大帝が崩御すると、近衛隊(ストレリツィ後継の親衛部隊)やメンシコフ公の支持を受けてエカチェリーナは皇位に就きました。これはロシア史上初の女性皇帝の誕生であり、法的な継承権より実力・派閥が皇位を決める先例となりました。
在位中は実権をメンシコフ公が握り、エカチェリーナ自身の政治的役割は限定的でしたが、ロシア科学アカデミーの設立(ピョートルの遺志を継いで1725年に正式開設)を実現させるなど、文化面での貢献も見られます。在位わずか2年で崩御しました。
農民から皇帝へというドラマティックな生涯は、ロシア帝国の権力構造と女性君主の歴史を語るうえで象徴的な存在として今日も注目されます。
使い方・例文
「ロシア帝国の女性君主」や「ピョートル大帝の後継問題」を学ぶ場面で、エカチェリーナ1世の即位はしばしば事例として挙げられます。
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