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ウラジーミル1世とは?

うらじーみるいっせい

ウラジーミル1世とは、10世紀末にキエフ・ルーシを統治し、ロシア・ウクライナ・ベラルーシの礎を築いた大公です。

ウラジーミル1世(958年頃〜1015年)は、キエフ・ルーシ(東スラヴ人が建てた中世国家)の大公で、「聖公」とも呼ばれます。スヴャトスラフ1世の息子として生まれ、権力争いを経てキエフの支配者となりました。

彼の最大業績988年頃のキリスト教受容です。ビザンティン帝国(東ローマ帝国)の皇女アンナとの結婚を条件に東方正教会(ギリシャ正教)に改宗し、国民にもドニエプル川での集団洗礼を命じました。この決断は、後のロシア・ウクライナ・ベラルーシにわたる東スラヴ世界の精神文化・法制・建築・芸術に深く刻まれ、現在に至るまで多大な影響を及ぼしています。

内政面では広大な領土を統一的に支配するため、息子たちに各地を治めさせる封建的行政網を整備しました。軍事面ではポーランドやビザンティンとの交渉・戦争を巧みにこなし、ルーシの国際的地位を高めました。

ロシア正教会は彼を聖人に列し、「使徒に等しい者」の称号を与えています。現在もロシア・ウクライナ双方が彼を「自国の父」として位置づけており、その歴史的評価は現代の政治情勢とも絡み合っています。

使い方・例文

東欧史の授業でキリスト教伝播を学ぶ際、ウラジーミル1世の改宗はスラヴ文明の転換点として必ず取り上げられます。

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