ウマル・イブン・アル=ハッターブとは?
うまるいぶんあるはったーぶ
ウマル・イブン・アル=ハッターブは、イスラームの第2代正統カリフで、アラビア半島を超えた大征服によりイスラーム帝国の基礎を築いた指導者です。
ウマル・イブン・アル=ハッターブ(Umar ibn al-Khattab、584頃〜644年)は、イスラームの第2代正統カリフ(在位634〜644年)です。預言者ムハンマドの最も重要な感化を受けた教友(サハーバ)の一人であり、ムハンマドの没後、アブー・バクルに次いでイスラーム共同体(ウンマ)の指導者となりました。
ウマルの治世はイスラーム世界の急速な拡大によって特徴づけられます。主な征服地域は以下のとおりです。
- シリア・パレスチナ(ビザンツ帝国から奪取)
- エジプト(636〜642年頃に征服)
- イラク・ペルシア(ササン朝を事実上滅亡させる)
これらの征服により、イスラーム帝国はわずか10年余りで前代未聞の規模に拡大しました。征服地の行政においても、ウマルは被征服民の宗教を一定程度尊重する政策をとり、スムーズな統治を実現しました。
ウマルは行政制度の整備にも尽力し、ヒジュラ暦の制定、軍事駐屯地(ミスル)の建設、アラブ戦士への給与(アター)制度の確立など、イスラーム帝国の基礎的な仕組みを作りました。その質素・公正・厳格な性格から「アル=ファールーク(真実と虚偽を分ける者)」と称えられました。644年にペルシア人の奴隷に刺されて暗殺されました。
使い方・例文
世界史の授業でイスラームの拡大や正統カリフ時代を学ぶ場面で、「ウマルの時代に大征服が始まった」という形でこの名前が登場します。
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