アレクサンドル・マッケンジーとは?
あれくさんどるまっけんじー
アレクサンドル・マッケンジーとは、19世紀カナダの政治家で、カナダ自治領初代首相ジョン・マクドナルドに次ぐ第2代首相を務めた自由党の指導者です。
アレクサンドル・マッケンジー(1822〜1892年)は、スコットランド出身のカナダの政治家で、カナダ自治領の第2代首相(在任1873〜1878年)を務めました。石工から身を起こした経歴を持ち、自力で政界の頂点に上り詰めた人物として知られています。
初代首相ジョン・A・マクドナルドが太平洋鉄道建設をめぐるスキャンダル(パシフィック・スキャンダル)で失脚したことを受け、1873年に自由党党首として首相に就任しました。マッケンジーは就任後、厳格な財政規律を重視した政策を推進し、政府支出の節約や公共事業の透明化に取り組みました。
彼の治世の主な業績には、最高裁判所の創設、秘密投票の導入による選挙制度の民主化、北西騎馬警察(現在のカナダ王立騎馬警察の前身)の整備などが挙げられます。太平洋鉄道の建設については前任者より慎重な姿勢をとりました。
1878年の選挙では保護貿易政策を掲げて復活したマクドナルドに敗れ、野党に転落しました。その後も自由党の指導者として活動しましたが、1880年に党首を辞任し、1892年に死去しました。マッケンジーはカナダ最初の自由党首相として、同国の議会民主主義の発展に貢献した人物として評価されています。
使い方・例文
カナダの政治史や初期自治領の歴史を調べる際に、アレクサンドル・マッケンジーは第2代首相として必ず言及される人物です。
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