アッバース1世 (ペルシア)とは?
あっばーす1せいぺるしあ
アッバース1世はサファヴィー朝ペルシアを最盛期に導いた君主で、17世紀初頭に強力な中央集権国家と繁栄する交易網を築きました。
アッバース1世(Abbas I、在位1587〜1629年)は、イランのサファヴィー朝を最盛期へ導いた君主です。「アッバース大王」とも称され、ペルシア史上最も偉大な統治者の一人に数えられています。
即位当初のサファヴィー朝はオスマン帝国やウズベク人の侵攻を受け、領土を大きく失った状態にありました。アッバース1世は軍制改革を断行し、部族軍に依存した旧来の体制を廃止。グルジア人・アルメニア人などコーカサス出身者を主体とする常備軍を新設し、ヨーロッパから顧問を招いて火器部隊を整備しました。この改革により軍の戦闘力は飛躍的に向上し、オスマン帝国との戦いで失地を回復するとともに、ポルトガル勢力をペルシア湾から追い出すことにも成功しています。
内政面では、首都をアルダビールからイスファハーンに移転し、王の広場(マイダーネ・ナクシェ・ジャハーン)を中心とする壮大な都市整備を推進しました。現在もユネスコ世界遺産に登録されているこの広場は、当時の建築・芸術の水準を物語るものです。絹の生産と輸出を国家が管理し、アルメニア商人を活用した国際交易を拡大することで、国庫を豊かにしました。
宗教政策ではシーア派イスラームを国教として強化し、聖地の整備にも力を注ぎました。一方で、キリスト教徒のアルメニア人商人を優遇するなど、実利的な側面も持ち合わせていました。彼の治世はペルシア文化の黄金時代として後世に語り継がれています。
使い方・例文
歴史や中東の文化を学ぶ文脈で、「サファヴィー朝の最盛期を築いた君主」として頻繁に登場します。イスファハーンの壮麗なモスクや宮殿を紹介する際にも、その建設を命じた人物としてアッバース1世の名が挙げられます。
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