長崎街道とは?
ながさきかいどう
長崎街道とは、江戸時代に小倉(現・北九州市)から長崎を結んだ官道で、西洋文化や砂糖・シーボルトが通った歴史的な街道です。
長崎街道(ながさきかいどう)とは、江戸時代に整備された五街道に準じる脇街道のひとつで、現在の福岡県北九州市(小倉)から佐賀県・長崎県を経て長崎に至る約230キロメートルの道のりです。江戸幕府の参勤交代路としてだけでなく、長崎が唯一の海外との窓口だった時代に、海外からもたらされた文物・情報・人が日本各地へ伝わる重要な動脈でした。
この街道は「シュガーロード(砂糖の道)」とも呼ばれます。長崎に輸入された南蛮砂糖が街道沿いの宿場町(小城・武雄・嬉野・大村など)に流通し、それぞれの地域で独自の砂糖菓子文化が花開きました。小城羊羹・丸ぼうろ・カステラなど、今日も親しまれる九州の銘菓はこの文化的背景に由来します。
また、オランダ商館員やシーボルトなどの西洋人も参府交代でこの街道を通り、西洋の医学・植物学・地理学などの知識が日本全土に広まる経路にもなりました。現在は福岡県・佐賀県・長崎県にまたがる観光ルートとして整備が進んでおり、宿場町の町並みや文化財が保存されています。
使い方・例文
長崎県や佐賀県の歴史・グルメを紹介する記事で「長崎街道沿いに砂糖菓子の文化が根付いた」「シュガーロードと呼ばれる長崎街道を巡る旅」などの形で登場します。
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