本文へスキップ

西夏王国とは?

せいかおうこく

西夏王国とは、11世紀から13世紀にかけ現在の中国北西部(甘粛・寧夏・陝西・内モンゴル周辺)に存在したタングート族の王国です。

西夏(せいか、1038年〜1227年)は、タングート族の首領・李元昊(りげんこう)が建国した王国で、正式国号は「大夏」です。東の宋、北東の遼(のちに金)と並立し、シルクロードの要衝を支配することで独自の勢力を維持しました。

李元昊は独自の文字「西夏文字」を制定し、行政法律仏教典籍の翻訳などに活用しました。西夏文字はチベット文字を参考に作られたとされ、その解読は現代でも研究が続いています。仏教を厚く保護し、首都・興慶府(現在の銀川)には多くの寺院や仏塔が建立されました。

外交・軍事面では宋・遼・金とのあいだで巧みな均衡外交を展開し、時に宋に対して優位に立つこともありました。経済的にはシルクロード交易を仲介し、馬・塩・毛皮などの交易で利益を得ていました。

しかし、13世紀に入るとモンゴル帝国のチンギス・ハンが西夏に数度の遠征を行い、1227年に西夏は滅亡しました。チンギス・ハン自身もこの遠征中に死去したとされています。西夏の文化・文献はその後長く埋もれていましたが、近現代の発掘・研究によってその全貌が明らかにされつつあります。

使い方・例文

敦煌や黒水城(カラホト)遺跡の調査によって西夏文字の文書や仏教美術が多数発見され、失われた王国の実態が少しずつ解明されています。

この用語をシェア

𝕏 でポスト LINE

最終更新:

関連用語