異国船打払令とは?
いこくせんうちはらいれい
異国船打払令とは、江戸幕府が1825年に発令した、日本に近づく外国船を問答無用で砲撃・追い払うよう命じた法令です。
異国船打払令(いこくせんうちはらいれい)は、江戸幕府が文政8年(1825年)に発令した外交・海防に関する法令で、正式には「無二念打払令(むにねんうちはらいれい)」とも呼ばれます。
18世紀末から19世紀初頭にかけて、ロシア・イギリス・アメリカなどの船が日本近海に頻繁に出没し、通商や上陸を求める事件が相次ぎました。幕府は鎖国政策を維持するため、それまでの「穏便に追い払う」方針を改め、外国船が日本に近づいた場合は理由を問わず即座に砲撃・撃退するよう諸藩に命じました。
この強硬策の背景には次のような要因があります。
- 外国勢力の脅威に対する危機感の高まり
- 水戸藩の会沢正志斎ら尊王攘夷派の思想的影響
- 鎖国・貿易制限を維持したい幕府の政治的意図
しかし打払令は国際的な緊張を高め、1837年には食料・水を求めてきたアメリカ船モリソン号が砲撃される事件が発生しました。これを批判した渡辺崋山・高野長英らが弾圧された「蛮社の獄(1839年)」にもつながります。
その後、アヘン戦争(1840〜42年)で清がイギリスに敗れたことを受け、幕府は1842年に打払令を緩和し「薪水給与令」へと方針を転換しました。異国船打払令は鎖国維持の限界と、幕末外交の転換点を象徴する歴史的法令です。
使い方・例文
歴史の授業や幕末研究で「異国船打払令が発令された背景」「モリソン号事件との関連」といった文脈で登場します。
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