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渡辺崋山とは?

わたなべかざん

渡辺崋山は江戸時代後期の蘭学者・画家・藩士で、西洋の知識を積極的に吸収した先駆的な知識人として知られています。

渡辺崋山(わたなべかざん、1793〜1841年)は、江戸時代後期に活躍した三河田原藩(現在愛知県田原市)の家老にして、卓越した洋風画家蘭学者です。本名は渡辺登(のぼり)、崋山は号です。

崋山は貧しい下級藩士の家に生まれながらも画才に優れ、谷文晁に絵を師事して写実的な洋風画を身につけました。肖像画では特に高い評価を受け、リアルな人物描写で知られる「鷹見泉石像」などの優れた作品を残しています。

蘭学(オランダ語・西洋学問)への関心も深く、高野長英らと交流して当時の日本における西洋情報の収集・研究に取り組みました。1838年には「慎機論」を著し、幕府の対外政策(鎖国・異国船打払令)の問題点を鋭く批判しました。また「外国事情書」など西洋諸国に関する考察文書も記しています。

しかし1839年(天保10年)、幕府の対外政策を批判したとして「蛮社の獄」に連座し、田原藩内への永蟄居(えいちっきょ)処分を受けました。謹慎の身でありながら藩の財政難を救おうと絵を売ろうとしたことが幕府への迷惑になると苦悩し、1841年に自刃して生涯を閉じました。その死は当時の思想弾圧の犠牲として今日も語り継がれています。

使い方・例文

「渡辺崋山の肖像画は、江戸時代における西洋写実技法の受容を示す美術史上の重要な資料として美術館に所蔵されています。」

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