班田収授法とは?
はんでんしゅうじゅほう
班田収授法とは、奈良時代の日本で実施された、国家が農民に口分田を支給し死後に返還させる土地制度です。
班田収授法(はんでんしゅうじゅほう)とは、日本の古代律令国家が実施した土地制度で、国家がすべての土地を所有し、農民に一定の田地を割り当て(班給)、その農民が死亡した後に国家へ返還(収授)させるというものです。
この制度は、646年の大化の改新で示された方針を受け、701年の大宝律令によって法制化されました。戸籍・計帳をもとに、6歳以上の男子に2段(約23アール)、女子にはその3分の2の口分田が支給されました。農民はその田地を耕作し、収穫の一部を租(そ)として国家に納める義務を負いました。
この制度が機能するためには、正確な戸籍の整備と6年ごとの班給替え(六年一班)が必要でしたが、人口増加と口分田の不足が深刻化していきました。そのため743年には墾田永年私財法が制定され、新たに開墾した土地の私有が認められるようになり、班田収授法の根幹を揺るがすことになりました。
班田収授法は律令国家の財政・支配体制の柱でしたが、9世紀以降は実質的に機能しなくなり、荘園制度の広がりとともに崩壊していきました。日本における土地制度の歴史を理解する上で欠かせない制度です。
使い方・例文
歴史の教科書で奈良時代の土地制度を学ぶ際や、大化の改新・律令制度・荘園の成立といった歴史の流れを解説する場面で班田収授法が取り上げられます。
この用語をシェア
最終更新: