永楽帝とは?
えいらくてい
永楽帝とは、明朝第3代皇帝で、北京遷都や鄭和の大航海を推進し、明の最盛期を築いた中国史屈指の英主です。
永楽帝(えいらくてい、1360年〜1424年)は、明朝の創始者・洪武帝の第4子として生まれ、本名を朱棣(しゅてい)といいます。1402年に甥の建文帝を打倒して皇位を奪取し(靖難の変)、永楽と改元しました。在位は1402年から1424年まで。
内政では首都を南京から北京へ移し(1421年)、現在の故宮(紫禁城)を造営しました。また、儒学の集大成として大百科全書『永楽大典』を編纂させ、22,000巻超という空前の規模で文化事業を推進しました。
対外政策でも積極的でした。宦官・鄭和に命じて計7回の大航海(1405〜1433年)を実施し、東南アジア・インド・アラビア・アフリカ東岸にまで船団を派遣して朝貢体制を整えました。北方ではモンゴルへ5度の親征を行い、安南(現ベトナム)も一時征服しました。
ただし、建文帝への忠節を守った臣下には苛烈な粛清を行ったことも知られています。政治・軍事・文化すべてにわたって明の最盛期を演出した君主として、中国史上の名君の一人に数えられています。
使い方・例文
中国史の授業や明朝を扱う書籍で、北京の紫禁城や鄭和の航海を説明する際に「永楽帝」という名前が必ず登場します。
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