本文へスキップ

明の永楽帝とは?

えいらくてい

明の永楽帝とは、中国明朝の第3代皇帝で、北京遷都や鄭和の大航海を推進し、明朝の最盛期を築いた君主です。

永楽帝(在位1402〜1424年)は、中国明朝の第3代皇帝で、名は朱棣(しゅてい)といいます。初代皇帝・洪武帝の第4子として生まれ、「靖難の役」と呼ばれる内乱で甥の建文帝を打倒して帝位に就きました。

永楽帝の治世は、明朝のなかで最も活発な対外進出と大規模な国内整備が行われた時代として知られています。主な業績は次のとおりです。

  • 南京から北京への遷都(現在の北京の都市基盤はこの時代に整備された)
  • 大航海の推進:鄭和を総指揮官に任命し、東南アジア・インド・アフリカ東海岸まで至る7回に及ぶ大遠征(鄭和の南海遠征)を行った
  • モンゴル高原への親征を複数回実施し、北方の脅威に対処した
  • 「永楽大典」と呼ばれる百科事典的な大編纂事業を命じ、当時の学術・文化を集大成した

対外的な権威を強く意識した永楽帝の政策は、中華秩序の拡張という側面を持ちます。鄭和の大航海は朝貢体制を広げることを主目的としており、経済的・政治的な国際影響力の発揮でもありました。

しかしその一方で、反対派の大臣を苛烈に粛清するなど、権力行使の激しさでも歴史に刻まれています。永楽帝の時代は明朝の最盛期として後世に評価されています。

使い方・例文

「明の永楽帝」は世界史の授業で鄭和の大航海や北京の故宮(紫禁城)を語るときに必ず登場する皇帝です。

この用語をシェア

𝕏 でポスト LINE

最終更新:

同じ読みのことば

「えいらくてい」と同じ読みで、意味のちがうことばです。

関連用語