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東海道五十三次とは?

とうかいどうごじゅうさんつぎ

東海道五十三次とは、江戸時代の主要幹線・東海道に設けられた53の宿場をまとめて指す言葉です。

東海道五十三次とは、江戸(現在の東京)の日本橋から京都の三条大橋までを結ぶ東海道に整備された、53か所の宿場町の総称です。江戸幕府参勤交代や物資流通を円滑にするため、五街道を整備し、各街道に一定間隔で宿場を設置しました。東海道はその中でも最も重要な幹線道路とされ、品川・神奈川・小田原・静岡・名古屋・草津などを経由する全長およそ500キロメートルの旅程でした。

「五十三次」という数字は途中の宿場数を指し、起点の江戸日本橋と終点の京都三条大橋はカウントに含まれません。各宿場には旅籠・問屋場・本陣などの施設が整い、旅人・大名行列・飛脚・商人など多様な人々が行き交いました。

東海道五十三次が現代まで広く知られるようになった最大の要因は、浮世絵師・歌川広重が天保年間(1830年代)に制作した同名の連作浮世絵です。各宿場の風景・季節・人々の暮らしを叙情豊かに描いたこのシリーズは国内外で高く評価され、日本版画の代名詞的存在となっています。広重は同主題で複数のシリーズを描いており、「保永堂版」が最も著名です。

現在も旧東海道の石畳や松並木、旧跡が各地に残り、ウォーキングや歴史探訪のコースとして親しまれています。

使い方・例文

歌川広重の浮世絵「東海道五十三次」の一枚に描かれた「蒲原・夜之雪」は、静岡県の蒲原宿を舞台に雪景色を幻想的に表現した作品として特に有名です。

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