徴兵告諭とは?
ちょうへいこくゆ
徴兵告諭とは、1872年に明治政府が徴兵制度の実施にあたり、その理念と趣旨を国民に示した布告文書です。
徴兵告諭(ちょうへいこくゆ)とは、1872年(明治5年)11月に明治政府が発した文書で、翌1873年に公布された徴兵令の理念と意義を国民に向けて説明した布告です。太政大臣・三条実美の名義で出されました。
告諭の内容は、西洋の「国民皆兵」の考え方を取り入れ、これまでの武士階級による軍事独占を批判しつつ、兵役を「血税」すなわち国民が国家に血で納める税であると位置づけるものでした。士農工商の身分制度が廃止された新たな社会において、すべての男子が等しく兵役の義務を負うべきだという考えが示されています。
この告諭が示した原則は、翌1873年の徴兵令として制度化されました。徴兵令では満20歳以上の男子が兵役義務を持つとされましたが、実際には官吏・代人料(お金で代替)・一人息子などの免役規定が多数あり、当初は士族・平民ともに免れる者が多くいました。
徴兵告諭と徴兵令の施行は、江戸時代以来の武士による軍事独占を解体し、近代的な国民軍を形成する出発点となりました。これにより西南戦争などで徴兵軍が旧武士の反乱を鎮圧し、近代日本の軍事体制の基盤が確立されていきます。
使い方・例文
歴史の教科書では、徴兵告諭が「血税」という言葉で国民皆兵の理念を示し、士族の特権的な軍事的地位を否定した点が重要事項として取り上げられます。
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