彭徳懐とは?
ほうとくかい
彭徳懐とは、中国共産党の革命と朝鮮戦争を戦った軍事指導者で、毛沢東政権下で国防部長を務めたのち粛清された悲劇的な人物です。
彭徳懐(ポン・ドゥーファイ、1898〜1974年)は、中国共産党の主要軍事指導者のひとりで、中国人民解放軍の創設と発展に大きく貢献しました。貧農の家に生まれ、軍人として頭角を現し、長征や日中戦争、国共内戦を通じて毛沢東の最も重要な将軍のひとりとなりました。
1950年に勃発した朝鮮戦争では、中国人民志願軍の総司令官として国連軍・米軍と対峙し、朝鮮半島での膠着状態をもたらしました。この功績により中国では英雄的に評価されました。1954年には初代国防部長に就任し、軍の近代化に尽力しました。
しかし1959年、大躍進政策の失敗を毛沢東に直言する書簡を送ったことで政治的に失脚しました。廬山会議において「右派日和見主義」と批判され、全職務を剥奪されました。文化大革命(1966〜76年)期にはさらに迫害が激化し、
- 公開での糾弾・暴行
- 投獄・独房監禁
- 医療を拒否された末の病死
彭徳懐は権力者への直言の代償を体現した存在として、中国現代史を語る上で欠かせない人物です。
使い方・例文
中国現代史や文化大革命を扱う書籍・授業では、大躍進批判と粛清の代表例として彭徳懐が取り上げられます。
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