対馬国とは?
つしまのくに
対馬国とは、現在の長崎県対馬島にあたる、古代・中世日本の令制国のひとつです。
対馬国(つしまのくに)は、日本の令制国のひとつで、現在の長崎県対馬市にあたる対馬島全域を領域としていました。五畿七道の区分では西海道に属し、国の等級では「下国」に分類されます。
対馬は朝鮮半島と九州本土のほぼ中間に位置する島で、古くから大陸・半島との交通の要衝として知られていました。朝鮮半島まで約50キロメートルという地理的近さから、外交・交易の拠点となり、国際的な重要性を持ち続けました。古代には遣唐使船や渡来人の往来が頻繁に行われ、大宰府とも密接な関係を持っていました。
中世には宗氏(宗家)が対馬の守護・地頭として支配し、朝鮮王朝との貿易や外交交渉を独自に取り仕切りました。朝鮮との間で締結された「嘉吉条約」(1443年)や「癸亥約条」などにより、宗氏は朝鮮貿易の利権を公認されました。江戸時代も宗氏が藩主として続き、日朝外交の窓口を担いました。
対馬国は、その地政学的特性から常に日本の防衛・外交上の前線として機能し、元寇(文永・弘安の役)の際にも最初の攻撃を受けた地として歴史に刻まれています。
使い方・例文
日本史の授業で律令制の国区分を学ぶ際や、日朝関係史・元寇の史跡について調べる場面で「対馬国」という表記が登場します。
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