本文へスキップ

大隈重信とは?

おおくましげのぶ

大隈重信とは、明治時代を代表する政治家・教育者で、立憲改進党を結成し早稲田大学を創立した人物です。

大隈重信(おおくましげのぶ、1838〜1922年)は、佐賀藩出身の政治家・教育家で、明治日本の近代化を牽引した中心人物のひとりです。

明治政府では参議・大蔵卿などの要職を歴任し、財政政策外交に大きく貢献しました。1881年の「明治十四年の政変」で政府を追われると、翌1882年に立憲改進党を結成して議会政治の実現を訴え、同年には東京専門学校(現在の早稲田大学)を創立しました。

大隈の政治・教育上の業績は多岐にわたります。

  • 外務大臣として「大隈外交」を展開し、条約改正交渉に取り組んだ(過激派の爆弾テロで右足を失う)
  • 第8代・第17代内閣総理大臣を務め、二度にわたり組閣
  • 第二次大隈内閣では中国への二十一か条の要求を行った
  • 早稲田大学の初代学長として民間教育の発展に尽力

大隈は開放的・進歩的な政治スタンスと、庶民的で弁舌爽やかな個性で国民的人気を得ました。85歳まで生きた長寿も有名で、晩年も精力的に発言を続けました。現在も早稲田大学のキャンパスには大隈講堂・大隈庭園が残り、その名を伝えています。

使い方・例文

日本近代史の授業では、板垣退助とならぶ自由民権運動の指導者として大隈重信が登場します。また早稲田大学の創立者として、大学史や教育史の文脈でも頻繁に取り上げられます。

この用語をシェア

𝕏 でポスト LINE

最終更新:

関連用語