光仁天皇とは?
こうにんてんのう
光仁天皇は8世紀後半の日本の天皇で、奈良時代末期に即位し質素倹約を重んじた政治を行い、桓武天皇の父にあたります。
光仁天皇(こうにんてんのう、709〜781年)は、奈良時代末期の天皇で770年に即位し、781年に桓武天皇に譲位しました。天智天皇の孫にあたる施基親王の子として生まれ、即位時にはすでに60歳を超えていました。
光仁天皇が即位した背景には、称徳天皇(孝謙天皇の重祚)の崩御後、後継者が不在となったことがあります。道鏡が皇位を狙う動きもあったなかで、藤原百川ら藤原氏の支持を受けた光仁天皇が天武天皇系ではなく天智天皇系として即位したことは、奈良時代の政治史における大きな転換点でした。
在位中は財政の立て直しと政治の刷新に取り組み、過度な仏教行事への支出を抑えるなど質素を旨とした政策を進めました。また地方行政の整備や農民負担の軽減にも意を注ぎ、後の律令政治再建への道を準備しました。
皇后井上内親王と皇太子他戸親王が謀反の疑いで廃された事件は在位中の大きな政治的事件として知られています。晩年に皇太子となった山部親王(後の桓武天皇)に譲位し、平安京遷都の礎を間接的に準備した天皇として評価されています。
使い方・例文
日本史の奈良時代末期から平安時代初期を学ぶ場面で、天智系・天武系の皇統交代を論じる文脈や、桓武天皇の父として光仁天皇の名が登場します。
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