道鏡とは?
どうきょう
道鏡とは、奈良時代後期に絶大な権勢を誇った法相宗の高僧で、称徳天皇の信任を得て政界に深く関与した人物です。
道鏡(どうきょう)は、奈良時代後期に活躍した仏教僧侶です。河内国(現在の大阪府柏原市付近)の出身とされ、法相宗を学んで高い仏教的識見を持ちました。
称徳天皇(孝謙天皇の重祚)が病に倒れた際、道鏡の祈祷により回復したと伝えられたことが両者の深い結びつきの起点となりました。天皇の絶大な信任を得た道鏡は、法王という最高位を授けられ、太政大臣禅師を経て事実上の最高権力者として君臨しました。
その権勢は宗教的枠組みを超え、政治の中枢にまで及んだため、藤原仲麻呂ら旧来の貴族勢力と激しく対立しました。宇佐八幡宮の神託を利用して皇位に就こうとしたという「宇佐八幡宮神託事件」は特に有名で、和気清麻呂が勅使として現地に赴き、道鏡への皇位譲渡に否定的な神託を持ち帰ったことで計画は頓挫したとされます。
称徳天皇が崩御した後、道鏡は後ろ盾を失い、下野薬師寺(現在の栃木県)へ左遷されてその地で没しました。道鏡の台頭と失脚は、奈良時代の宗教と政治の複雑な関係、および貴族社会の権力構造を示す重要な出来事として日本史に刻まれています。
使い方・例文
「奈良時代の政変を学ぶ授業で、道鏡と称徳天皇の関係が取り上げられた。」のように、日本古代史・仏教政治史の文脈で登場します。
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