河内国とは?
かわちのくに
河内国とは、現在の大阪府東部にあたる令制国で、畿内の一つとして古代から交通・産業の要衝として重要な役割を果たした地域です。
河内国(かわちのくに)は、日本の令制国の一つで、現在の大阪府の東部・南東部にほぼ相当する地域です。畿内(五畿)の一つに数えられ、摂津国・大和国・和泉国・紀伊国などと隣接していました。「河内」の名称は、大和川や淀川の支流が流れる低地の地形に由来するとされています。
古代において河内国は、仁徳天皇・応神天皇ら大王(おおきみ)の陵墓が多く築かれた地として知られており、現在の堺市や羽曳野市周辺には百舌鳥・古市古墳群が集中しています。この古墳群は2019年にユネスコ世界遺産に登録されました。また、難波(なにわ)津へのアクセス路として、大陸・朝鮮半島からの文物や渡来人が流入する玄関口としても機能しました。
奈良時代には聖武天皇が難波宮(なにわのみや)を営み、交通の要衝としての重要性が増しました。中世には楠木正成(くすのきまさしげ)が河内国の武士として南北朝の動乱に活躍したことで知られ、千早城(現在の千早赤阪村)がその拠点でした。
近世には江戸幕府の直轄領・大名領が入り混じる複雑な支配構造となりました。綿花栽培や木綿織物が盛んで、産業面でも大坂経済を支えた地域です。1871年の廃藩置県後、河内国は大阪府に編入され現在に至っています。
使い方・例文
「百舌鳥・古市古墳群」を取り上げる歴史番組や、楠木正成の南北朝争乱を扱った大河ドラマの解説で「河内国の武将」として登場する地名です。
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