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中江兆民とは?

なかえちょうみん

中江兆民とは、明治時代日本の思想家・政治家で、フランス流自由民権思想を日本に紹介し「東洋のルソー」と称された人物です。

中江兆民(なかえ ちょうみん、1847〜1901年)は、土佐国(現・高知県)出身の思想家・政治家・ジャーナリストです。本名は篤介(とくすけ)、兆民は号です。幕末期に藩の命でフランスへ留学し、フランス啓蒙思想、とりわけジャン=ジャック・ルソー社会契約論を学びました。

帰国後、ルソーの「社会契約論」を漢文で翻訳した『民約訳解』(1882年)を出版し、天賦人権・人民主権の思想を日本に普及させました。この功績から「東洋のルソー」と呼ばれます。

自由民権運動の理論的支柱として活躍し、自由党を支持して言論活動を展開しました。1890年には第1回衆議院議員総選挙に当選するも、翌年辞職。議会政治のあり方を批判した『一年有半』(1901年)は喉頭ガン闘病中に著されたもので、「我が日本古より哲学なし」という書き出しで知られる名著です。

  • 自由・平等・民権の概念を日本語で広めた先駆者
  • ルソー思想の漢文翻訳で漢学層にも影響を与えた
  • 言論・ジャーナリズムを通じた政治参加を体現
  • 晩年まで政府批判を貫いた反骨の士

明治の自由民権運動・近代日本思想史を理解する上で欠かせない人物です。

使い方・例文

「中江兆民はルソーの社会契約論を日本に紹介し、自由民権運動の思想的基盤を築いた」のように、日本近代史・思想史の文脈で取り上げられます。

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