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下野国とは?

しもつけのくに

下野国とは、現在栃木県にあたる古代・中世日本の令制国で、東山道に属し、日光山や那須野など豊かな自然と歴史の舞台となった地域です。

下野国(しもつけのくに)は、日本の令制国の一つで、現在栃木県全域にほぼ相当する地域です。東山道に属し、上野国下総国常陸国陸奥国などに隣接していました。「下野」の名称は、毛野(けの)国が分割された際に下方に位置する国として名付けられたとされており、上の「上野国(現在の群馬県)」と対をなす存在です。

古代においては豪族である下毛野氏(しもつけのうじ)がこの地を支配しており、奈良時代には国府が現在の栃木市付近に置かれたと考えられています。仏教文化も栄え、奈良時代に創建された「下野薬師寺」は東国における重要な戒壇院として知られ、鑑真や道鏡など著名な僧侶とも縁があります。

中世には日光山(二荒山神社・輪王寺・日光東照宮の前身)を中心とした山岳信仰が発展し、宇都宮氏・那須氏・小山氏など多くの有力武士団が割拠する地となりました。戦国時代には北条氏・上杉氏・豊臣氏などの勢力争いの舞台にもなりました。

江戸時代に入ると、徳川家康が日光に祀られたことで日光東照宮が設けられ、下野国は将軍家ゆかりの神聖な地として重視されました。明治維新後の廃藩置県・府県統合によって、1873年に「栃木県」として現在の形になりました。

使い方・例文

歴史の教科書や時代劇で「鑑真が下野国の戒壇院で授戒を行った」「那須与一の故郷は下野国」などの文脈で登場する地名です。

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